デンマークはなぜ幸福度が世界一高いか

幸福度研究の出発点

今から数年前、弊所の会長寺島実郎から、世界の幸福度ランキングには様々なものがあるが、その上位に必ずと言ってよいほど入っているのがデンマークである。なぜデンマークは幸福度が高いのか、その本質(真相)を調べることは、シンクタンクのこれからの研究テーマとしても重要な示唆が得られるのではないか、とのことが弊所において幸福度研究を始めるそもそもの出発点であった。以来、1年おきに研究成果を作品化し、本年8月に3冊目となる『全47都道府県幸福度ランキング(2016年版)』が東洋経済新報社より刊行されています。

世界的な調査機関のワールドバリューズサーベイ(WVS)の世界幸福度ランキング(2008年)では、デンマークは1位で、日本は43位。また、イギリスの世界幸福地図(WMH:2006年)では、デンマークはやはり1位で、日本は90位。さらに、国連のWorld Happiness Report 2013でもデンマークは1位で、日本は43位です。そして最新のWorld Happiness Report 2016でもデンマークは1位で、日本は53位です。

問題は、なぜデンマークは幸福度ランキングの上位にあるのかです。そこで、WVSとWMHの調査結果を基にデンマークに関連する情報や客観的な統計データとを対比することで、その背景・要因を探ることにします。

デンマークが世界で幸福度が高い背景・要因

WVS、WMHでは、世界各国の主観的な幸福や満足度を把握する方法として、主に国民に対してアンケート調査を実施しています。WVSでは、デンマーク人は生活全体の満足度が10段階で唯一8点を超えており、仕事・家庭・家計に関する指標についても最上位(上位10まで)のランクに該当し、幸福感や健康状態も同じ傾向です。WMHでは、健康、所得、教育の3つのカテゴリーに関する指標が幸福度の評価において重要視され、合わせて多くの研究データを踏まえた総合的な分析結果から、デンマークを最も高く評価しています。

これらの調査結果との対比から、デンマークに関する主要な情報や客観的な統計データを整理すると以下のような特徴が見られます。

地理的には、北大西洋海流の影響で気候は穏やかで、温暖な冬と涼しい夏があり、首都コペンハーゲンは北欧屈指の世界都市です。国土の広さは多くの島々からなり全体で九州と同じぐらいで人口は約550万人(北海道とほぼ同じ)です。

このようなデンマークですが、歴史的(今から約150年前)には、逆境を乗り越えた前史があります。当時のドイツ(プロイセン王国)との戦争で敗れ、肥沃な国土の半分を奪われ、半砂漠のユトランド半島しか残らず経済は危機的状況に瀕しました。この国難を迎え、デンマーク国民は、荒野ユトランドを緑化し、敗戦約40年後(20世紀初頭)には、畜産を主産業にすることに成功しました。内村鑑三は、著書『デンマルク国の話』(岩波書店)の中で、このような不利な条件を乗り越え、国家を立て直し、国民を豊かにするその発想や政策が生まれる土壌(国民の精神)とともに、そのような大事業が後の世に受け継がれることに関心を向け、また高く評価しています。

今日のデンマークは、経済的には、高級なオーディオメーカー、知育玩具、陶磁器、シューズメーカーなどが有名で、海運大国、農業輸出国(食料自給率300%)、石油自給率(100%)、風力発電が電力供給の2割を占めます。社会的には、デンマーク人による単一民族国家であり、国民の教育水準が高く、高齢福祉や児童福祉も充実し、国民の所得格差が世界で最も小さい国とされています。

主な統計データを見ても、国連の人間開発指数の1つである「教育指数」が世界1位、「男女平等度指数」が世界2位、「民主主義指数」が世界3位、一人当たりGDP(2015年)が52,138ドル(日本は32,478ドル)などです。デンマークは経済的豊かさだけでなく、基本的人権、自由・平等、民主主義などの世界の普遍的価値が最も完備されている国と考えられます。

デンマーク人の国民性

また、デンマークは世界一のエコロジー先進国です。1972年(第一次オイルショック時)には、エネルギー自給率は2%でしたが、現在では風力、バイオマスを中心とした自然エネルギーを含め150%を超えています。出生率も1960年代半ばまで減り続けていたが、その後回復傾向にあり、現在1.9人(WHO統計)です。国家の不利な状況に対して、それを立て直していくデンマーク国民の精神(困難や課題への国の取り組みに共感し自らが考え・行動するところの自立自尊の精神)は、今日まで脈々と受け継がれていると考えられます。

さらに、累進課税の所得税及び地方税合計課税率は最高59%で、付加価値税は25%ですが、社会保障が充実していて国民の満足度は高く、選挙の投票率は80%以上に達しています。英国エコノミスト誌系調査機関が発表したビジネスがし易い環境ランキングでも、デンマークの経済環境が世界1位に選ばれています。

以上から、デンマーク国民は自ら義務と責任を果たし、自立自尊を旨とする国民性を特徴とする民族と考えられます。

最後に、こうしたデンマーク人の国民性を彷彿とさせる事例を2つ紹介します。

2つの事例―世界一幸福度が高いデンマークの本質

問題は、なぜデンマークは幸福度ランキングの上位にあるのかを説くヒントです。実際、それを知りたいと望む人たちが大勢世界中からデンマークを訪れているようです。『世界で最もクリエイティブな国 デンマークに学ぶ 発想力の鍛え方』(クリスチャン・ステーディル、リーネ・タンゴー著、クロスメディア・パブリッシング刊)では、「フォーブス」誌に掲載された記事の1つのエピソードとして紹介しています。それは、デンマークに滞在中の女性が乗馬に行ったところ、馬場では現金でしか支払いを受け付けていなかったという。そこで、近くに銀行のATMはないかと係に尋ねたところ、支払いは乗馬を楽しんだあとで良いと言われたというのです。この女性は、デンマークの人たちは互いに信頼しているだけでなく、よその国から来た見知らぬ人のことも信用してくれていると感じた。デンマーク人が幸福だと言われる理由は、互いに人間を信頼していることにあると感じたというのです。

もう1つは、首都コペンハーゲンにあるチボリ公園です。私自身もこの公園を訪れたことがありますが、まさに驚きの場所でありました。

1843年に開園した遊園地で、のちにディズニーランドのモデルとなった、いわば世界のエンターテインメントパークの原型といえます。実際に行ってみると、面積は驚くほど狭く、東京の後楽園よりも小さいぐらいの広さです。ここは、まさに見る人を選ぶ公園です。人によっては、古くてまどろっこしい、見るものも少ないつまらない公園だと感じるかもしれない。また、人によっては、そこそこ楽しく手作り感があって、人間の表情をした心地よい公園だと感じるかもしれない。歩いてみると、現代的な絶叫マシーンや派手な3Dアトアクションなどはない代わりに、ステージショーや屋台があったりし、訪れる人の心をほっとさせるようなところです。園内にはハイエンドなレストランがあり、北欧料理が食べられたりもします。

ここの重要なキーワードは、ここが市民の生活に密着した参加型の公園であるということです。市民が年会費で支えていて、特定の企業や営利目的で運営しているわけではなく、朝早く行くと、老人が杖をつきながら散歩したり、ベンチに座っておしゃべりをしていたりします。このチボリ公園の例でもわかるように、男性、女性、そして若者からシニアまで参加することで、まち(地域)の目玉をつくっていく。また、その楽しさが周囲の人々や海外の人たちに伝わり、興味を抱かせ、引き寄せる魅力となっていく。

幸福度研究の第一弾で刊行した2012年版『日本でいちばんいい県 都道府県別幸福度ランキング』では、国際機関、各国政府、大学・研究機関による世界の幸福度研究の先行事例を解説していますが、人々の幸福度を測るキーワードは主に次の3つに集約されると考えています。

  • 自立自尊——自分で考え、判断、行動ができる
  • ネットワーク——友人・知人、地域組織やふるさと等とのつながりがある
  • ビジョン・目標——共感やアクション(参加)が促される

デンマーク人はこれらのキーワードを有し、かつ見知らぬ人を信用できることは人間としての幸福度(精神的豊かさ)を満たす重要な要素であり、私たち日本人も大いに参考にすべきことと思っています。

<参考文献>

  • 寺島実郎著『新・観光立国論―モノづくり国家を超えて』(2015、NHK出版)
    ※資料編:日本総合研究所
  • Ranking of Happiness/ World Happiness Report 2016
    http://worldhappiness.report