日越文化交流の促進―外交関係50周年に向けて

日越茶道・文化交流協会の設立

本年11月4日、都内寺島文庫ビルにて日越茶道・文化交流協会の設立総会が開催されました。本協会は、2023年に日本とベトナムが外交関係樹立50周年を迎えることから、茶道をはじめあらゆる分野の技術伝承に伴う言葉の壁を乗り越える活動を通じて、両国の友好関係の発展・促進に寄与することを目的に設立されたものです。詳しくは、協会ホームページhttps://sites.google.com/view/vjca2023/をご参照ください。

本協会は、千玄室大宗匠(茶道裏千家第15代家元)を会長に、弊所寺島会長を特別顧問に、私が代表理事として、これまでベトナムでの茶道文化普及に尽力してきた山川薫・正美ご夫妻他の多くの関係者の協力のもとに活動を開始したものです。

主な事業内容は、次の6つです。

  1. ベトナムにおける茶道文化の普及促進事業
  2. 言葉の壁を乗り越えるNICT(国立研究開発法人情報通信研究機構)「翻訳バンク」活動に係る日越の対訳文章提供での支援
  3. 音声翻訳アプリの日本語教師・ベトナム人履修生への提供
  4. 音声翻訳アプリを使用した茶道指導の実践
  5. 本協会の趣旨に賛同する法人、個人会員の募集
  6. 茶道以外の分野への活動拡大に資する事業

言葉の壁の解消に向けて

茶道裏千家淡交会ハノイ同好会(会長:舩山徹ベトナム三菱商事社長)では、ベトナムとの幅広い交流を促進する観点から茶道普及活動を積極的に推進していますが、ハノイ国家大学などの日本語履修生でも言葉の壁があるため、常に通訳を必要としてきています。さらなる普及のためには、日本からの指導者派遣と通訳支援が必須であり、これは茶道以外のあらゆる分野でベトナム人に技術伝承するための共通の課題でもあります。日本から技術者招聘⇒日本文化・技術伝承⇒日越交流深化のサイクル実現には、言葉の壁の解消が不可欠と考えています。

総務省では、世界との「言葉の壁」をなくし、グローバルで自由な交流を実現する「グローバルコミュニケーション計画」を推進するため、NICTの多言語音声翻訳技術の精度を高めるとともに、民間企業等が提供するアプリケーションに適用する産学官連携による社会実証事業を推進してきています。2017年より総務省とNICTは、オール・ジャパン体制で様々な分野の対訳データを募集する「翻訳バンク」の運用を開始しており、質の高い大量の翻訳データの集積を通じて多様な分野での自動翻訳利用を図るとともに、自動翻訳技術を関係者一同で育てながら利用する好循環の実現を目指しています。

弊協会では、茶道文化を主軸とした日越交流をさらに推進するため、翻訳バンク運動の趣旨に賛同し、NICTの後援を受けてベトナム語の翻訳レベル向上に積極的に貢献する計画です。

VoiceBizの特徴

弊協会では、今般凸版印刷との業務協力により同社が開発・提供する音声翻訳機(VoiceBiz)のサービスについて、主として茶道用語を中心にベトナム語の自動翻訳技術の高度化と拡充に向けた連携を開始したところです。

VoiceBizは、日本語に最適なNICTの音声翻訳エンジンを採用し、日本語⇔英語をはじめ翻訳にはニューラル翻訳により、従来の統計翻訳に比べ高精度な翻訳が実現しており、音声翻訳はベトナム語を含む12言語に対応済みです。

先日の設立総会では、ベトナム人留学生の出席のもとにこの音声翻訳機のデモが行われ、精度や有効性などについて出席者一同確認したところです。弊協会としても日越の対訳文章の提供を含め音声翻訳アプリのさらなる高度化・拡充に資する支援を行い、様々な分野での日越交流の促進に貢献する考えです。

ベトナムとの縁

今般、千玄室会長の下で弊協会の代表理事を務めることは恐れ多いことではありますが、私自身ベトナムとは少しご縁もあり、日越関係の増進に微力ながら貢献できればと考えた次第です。

ご縁とは、1970年代末から80年代にかけて中国を皮切りにソ連、東欧の各国で急速に社会主義経済から市場経済への移行化政策が進められることになり、日本の経済復興・発展の経験が各国の参考になるとの考えから、わが国の経済専門家等と数度にわたり各国を訪問した経緯があります。そして、ベトナムでは1960年代から80年代初めまでの米国とのベトナム戦争、中国との中越戦争の長きにわたる戦時下を乗り切り、1980年代後半から経済問題に全面注力する開放政策「ドイモイ」を開始いたしました。中国、ソ連、東欧での経済改革の教訓等を踏まえ、1991年に社会経済国民会議経済事情調査団の団員としてハノイ、ホーチミンを訪問し、当時のドームオイ書記長をはじめベトナム政府要人や専門家との1週間に及ぶ調査・意見交換等を行いました。

その時に印象に残ったエピソードとして、ハノイの日本大使公邸前の街灯下に多くの子供たちが集まり、熱心に本を読んでいたことです。大国との戦争に勝ったとはいえ、ベトナムは貧しく(1990年の1人当たり国民所得は約150ドル)、家庭で勉強する灯りにも事欠く状況でした。大使からは、このような光景はあちこちで見られるが、教育熱心なベトナム人は経済問題に集中的に資源を投下すれば、やがて経済発展を通じて東南アジアで重要な日本のパートナーになるだろうとの説明がありました。

この話を聞いて、他の社会主義国とは少し相違があると感じました。勤勉さをはじめ日本との共通性も多く経済改革が順調に進展すれば、日本との関係だけでなく東南アジアの繁栄にも重要な役割を果たすだろと納得した次第です。

そして、弊所に入所後、1996年から2年間にわたり弊所とベトナム計画投資省(MPI)との国際共同研究プロジェクトとして、ドイモイ後の市場経済化の知的支援事業を経済企画庁(当時)の協力のもとに日本財団の助成により実施することになり、その担当を務めました。

本プロジェクトは、ベトナムにおけるマクロ経済分析・予測の中心を担う経済予測センター(Economic Forecasting Center)をハノイに設立し、PC及びLANをはじめとした諸設備を導入し、運営・管理を行う。また、経済分析・予測に係る専門家の育成とノーハウの伝承を目指し、経済学、計量経済学、モデル構築等に関する研修の実施により、ハード・ソフト両面からベトナム政府の経済分析・予測能力を飛躍的に向上させることが目的とされました。

本プロジェクトを通じて、MPI、中央銀行、統計局をはじめ20名に及ぶ経済分析・予測専門家が育成され、同センターがベトナムにおける経済予測等の主要機関として十分な能力を発揮する場となりました。ベトナム政府は、構築された各種経済モデルを使って適切な短期・中長期の経済運営、経済計画等を策定することが可能になり、その後の経済発展の実現に繋がったと考えています。ベトナム経済は、1990年代以降年7~8%の高度成長により、2019年には1人当たり名目GDPは2,715ドルまでになっています。

結び

11月4日の設立総会では、千会長から、初めてベトナムを訪問したのは1965年であること、日本と同じ大乗仏教の国であり、稲作農業国であるベトナムの文化に大変な親近感を覚えたこと、言葉は文化の一部であり、文化は言葉を介して伝えられ、そうした重要な役割を担う言葉に注目し、本協会が設立されたことに大きな期待を持つとともに、ご自身も日越の交流をさらに促進するために大きな人の和を作り、茶道文化をベトナムの方々により深く知ってもらえるよう、力を尽くしたい、などのお話がありました。

千会長(98歳)は、昨年著書「一盌をどうぞ」(ミネルヴァ書房)を出版しましたが、第7章の「来たるべき百年のために」の文中に以下の記述があります。

昨今では、「人生百年」といいますけれど、各人が自分の百年ではなく、百年後の人たちのため、どういう生き方をするべきなのか考えておかないといけない、そのことに多くの人が気づいていないようです。人生には運命があり天命があります。そして仕事にも運命があります。(中略)そういう大きな観念のもとに、その次の百年を立てていかないといけない。自分だけの百年ではないのです。私のように茶の家に生まれ、家元という仕事を運命とした人間には、伝える責任がありますが、他の職業でも、次に伝えるべきことがあるはずです。それをどの仕事でも継承していくのといかないのとでは、百年後の日本は相当に違うでしょう。

このようなお考えを参考にしながら、私自身も会長の下で弊協会の発展のために微力を尽くしたいと考えています。

弊協会のホームページをご参照いただき、協会活動へのご理解とご支援等を賜りたくお願い申し上げる次第です。