県民幸福度研究の完成形―プロジェクトと幸福実感

幸福度ランキング第5弾の発刊

今夏(8月予定)、県民幸福度研究の第5弾として『全47都道府県幸福度ランキング(2020年版)』が東洋経済新報社より発刊されます。すでにシリーズとして4冊(2012、14、16、18年版)を出版していますが、本研究は、幸福とは主観的なものであり、一概に推し量れるものではない中で、自分達が置かれている状況を客観的に捉えられるよう、公的統計データを基にできる限り幸福という価値を相関的に、そして対比分析にみる共通の物差しを提供することに主眼をおき、国の創生は地方(地域)の創生からをモットーに、地方自治体をはじめ様々な人々が同じ認識に立って議論や分析ができるよう進めています。

2011年の東日本大震災を契機に、人々や地域の幸福の形が変容することが想定され、2012年版の発刊後、地方自治体などから様々な反響があり、“地域における幸福を考えるきっかけをつくる”という目論みに一定の手応えを感じました。そして2014年、2016年、2018年版と発刊を積み重ねていく過程で、本書と幸福度研究への注目度が着実に高まり、地方自治体にとどまらず、地方議会・メディア(新聞・TV・雑誌等)・各種経済団体、労働組合、青年会議所・大学の他、最近では政府や国会議員関係者など多方面から、内容に関する問い合わせ・意見、取材、講演依頼等が数多く寄せられています。

こうした反響や注目度から、作品づくり(出版)の積み重ねに対するポジティブな評価を感じつつ、4冊までの研究・出版は、いわゆる“幸福を考え、理解・共感のヒントを提供し、さらに各立場からアクションをとる”ためのデータや知見等を含む基盤づくりと飛躍のための準備期間であったと捉えています。三段跳びに例えると、“ホップ”、“ステップ”の段階であり、今夏の第5弾は“ジャンプ”、すなわち“各人に具体的なアクションを促し、自らの幸福を実感するきっかけをつくる”という段階と位置づけています。

それは、経済成長の鈍化、度重なる災害、異次元の高齢化と人口減少、激動する国際情勢への対応、さらに昨今の新型コロナウイルス感染拡大など課題が山積する中で、日本社会のあるべき姿や進むべき方向とは、人々はどのような価値や目標を持つことが尊く、幸福につながると考えるべきか。100年人生が唱えられる今、自分たちが置かれている状況を冷静かつ客観的に捉え、自分流のアクションをとってもらえるよう、本研究でもさらなる進化が必要と考えています。

今夏の発刊に先立ち、進化の一端(ポイント)を予告・紹介します。

幸福度ランキング2020年版における進化

本書2020年版では、これまでの4冊の成果に加え、主に次の3点が進化した構成内容と考えています。第1は、時代潮流に鑑み、さらに多面的に地域の幸福を測る観点から5つの指標を追加します。第2は、経年変化への注目を高め政策評価等に資するデータ分析の観点をより重視します。第3は、100年人生を見据え、人々に具体的なアクションを促し、自らの幸福を実感するきっかけをつくるアプローチとして“幸福度ランキング5.5”を構想・提示するとともに、この章への読者の関心を惹くためランキング結果よりも先に掲載する構成内容です。以下に第1から第3の概要を紹介します。

(1)5つの指標を追加(全75指標で分析)

幸福度ランキング2012年版では55指標、2014年版では60指標、2016年版では65指標、2018年版では70指標から都道府県の総合ランキングを分析しています。2020年版では、社会経済の重要な動向、2018年版の発刊後に行った様々な議論等を踏まえ、新たに「高齢世帯の相対的貧困率」、「地域子育て支援拠点箇所数」、「総合型地域スポーツクラブ育成率」、「男女の賃金格差」、「一人あたりごみ排出量」の5指標を加えた全75指標で分析し、ランキングを行う予定です。

新たに追加した5つの指標を選定した考えは次のとおりです(表1参照)。

1点目の「高齢世帯の相対的貧困率」は、100年人生・ジェロントロジー(高齢化社会工学)が推奨される中で、家計における所得格差が拡大する傾向にあります。幸福な100年人生を送るためには、平均的な生活水準に対して困窮している高齢者を減らし、自らがチャレンジできる社会形成が求められるとの観点から指標として選定しました。

2点目の「地域子育て支援拠点箇所数」は、核家族化や地域のつながりの希薄化により、子育てが孤立し痛ましい事件の発生などに見られる地域や必要な支援とつながらないケースが増えています。社会の宝である子育て中の親子が気軽に集い、相互交流や子育ての不安・悩みを相談できる場づくりが重要になるという認識から選定し、3点目の「総合型地域スポーツクラブ育成率」は、地域住民間の世代を超えた交流や健康増進を促すとともに、主体的な参画・運営を通じ新しい公共の実現に寄与するとの視点から選定しました。

4点目の「男女の賃金格差」、5点目の「一人あたりごみ排出量」は、SDGSへの取組の中で、特にジェンダーと環境問題に注目し、サスティナブルな社会創造の面からも重要な項目との認識です。

各国の男女格差を測るジェンダーギャップ指標では、日本は144カ国中110位と低迷しています。女性の労働市場への積極的な参加を促進することが必要であり、男女間のキャリアにおける平等な評価が求められるとの観点から選定しました。ごみの減量は、地球環境への負荷を軽減するだけでなく、循環型社会をつくるという行動が自らの幸福の実感に繋がるという意識の重要性を考慮し選定しました。

 (2)経年変化(5時点)による政策評価等に資するデータ分析

2020年版では、これまでの構成内容も踏まえ47都道府県すべてに基本指標および分野別指標、総合ランキング結果を5時点(2012、14、16、18、20年版)で経年変化が一目でわかるよう、「経年グラフ」を掲載する予定です。また、各県の順位の変動を含め考察・分析においては5時点の推移を時系列で行う「注目ポイント」の解説など、他県との横断的な比較と併せて、データの見方において一層厚みのある解析が可能になっています。さらに、47の都道府県、20の政令市、48の中核市の5時点の全指標と解析は、ビッグデータ面でも本研究の重要な資産であり、この資産を新たな応用分析や事業形成などに活かすことも必要と考えています。

ランキング結果の使い方(例)として、地方自治体関係者にとっては、各県のランキング結果から自県および他県との政策・施策の5時点での事後チェックや比較(予算執行や施策推進の妥当性評価、次期長期計画策定の優先度等)が可能となる上、縦割りになりがちな行政施策の総合化が促進され、効率的な行政運営やサービスへの職員の意識が高まることが期待できます。従って、行政自らも継続的に客観的なデータの収集・構築を行う取組が必要であり、データを蓄積・分析する過程で、政策の総合化(部局を跨ぐ連携)が県民の幸福に繋がるとの気づき(認識)が重要です。そして、県民や議会に対しては、客観的なデータ分析を用いた論理的でわかり易い説明により、政策・施策への共感・参画の促進(県民の幸福度向上)に結びつけることが要諦です。

(3)“幸福度ランキング5.5”の構想

2018年版では、100年人生を見据え、日本独自のライフスタイルとそれにあった幸福をつくる試みとして“幸福度ランキング2.5”の分析を行いました。2020年版では、これをさらに進化・飛躍させる観点から、人々に具体的なアクションを促し、自らの幸福を実感するきっかけをつくるアプローチとして“幸福度ランキング5.5”の構想を提示する考えです。

その内容は、総合ランキングで2018年版まで3回続けて1位にランクされた福井県を事例(福井モデル)とする構想がメインです。これまで仕事、教育分野が全国トップなど「幸福度日本一」の福井県ですが、県民の多くが「幸福度日本一」の実感がわかないとの感想を述べています。そこで、全国と比べて相対的に低い順位である「文化分野(余暇・娯楽、国際領域)」の改善・向上に主眼をおき、県民に幸福を実感してもらう事業構想を提示する試みです。

具体的には、昨年(2019)スタートした「福井ユナイテッド」を基盤とする幸福実感プロジェクトです。本組織は、スポーツ庁の地域スポーツコミッション政策の推進などを踏まえ、「福井創生とスポーツ文化による県民幸福度のさらなる向上」を目的として設立されました。福井ユナイテッドは「Jリーグ百年構想―スポーツでもっと幸せな国へ」に共感し、サッカーJリーグ参入を目指す福井ユナイテッドFCをフラッグシップとした、福井県を代表するスポーツクラブです。

名称のユナイテッドには、県及び17基礎自治体、世代間、あらゆるスポーツ及び文化、産官学など、福井県をよりユナイテッドし、All Fukui体制を築くことによって地方創生、県民幸福度のさらなる向上を目指す思いが込められています。

幸福度一番からなる「福井価値」をグローバリゼーションとデジタル革命によりブラッシュアップし、日常生活における幸福度向上に寄与するとともに、エンタテインメントとしてのプロスポーツを通じて、非日常の幸福度を県民多数に提供することを主眼としています。

県や基礎自治体、福井県企業だけでなく、県民が広く支えるオーナー制度を標榜しており、福井県初のプロスポーツ振興をきっかけに、文化、音楽、国際交流など幅広いエンタテインメントが企画され、県民が自らサポート(会員、投資)する機会が格段に増えることは幸福実感に繫がるものと考えています。北陸新幹線福井延伸の年(2023年)に、福井ユナイテッドが駅近ドームスタジアムでJリーグ開幕戦を迎えることを目論むものです。

福井モデルの他、中山間モデルの事例として、埼玉県内の基礎自治体(神川町)での医療・健康ジェロントロジーのアプローチによる健食地域創成事業、一人あたりGDPが日本の1.6倍(2019年)の経済発展を遂げるシンガポールモデルに学ぶ点などを紹介する予定です。

結び

2012年版発刊の際、世界各国などの幸福度研究のサーベイを行いましたが、一番印象に残っているのが、デンマーク人の幸福度に対する国民気質です。それは、人に信頼されるよりも人を信頼できることが自分にとっては最高の幸福、という気質です。

1つのエピソードが、デンマーク関連書籍で紹介されていますが、その内容は「コペンハーゲン市内の乗馬クラブでのシーン」です。

閉店間際に外国人旅行者が訪れ、乗馬したいが、持ち合わせの現地通貨がないので、係員に近くで両替できるところはないか、と尋ねたところ、近くにはない。料金は後でいいので、乗馬を楽しんでください、と話したそうです。翌日、その旅行者が乗馬クラブを訪れ、料金を支払ったあと、次のように尋ねたそうです。見ず知らずの外国人に料金は後でいいとあなたは言ったが、もし私が今日支払いに来なかったら、あなたは困るのではないかと尋ねたところ、係員は、私(デンマーク人)は相手を信頼できることが自分にとってはとても幸福なのです、と答えたそうです。

このエピソードから、デンマークが世界でも幸福度でトップクラスにランクされる所以、他者から信頼される幸福も重要ですが、他者を信頼できることが自分にとってはもっと幸福、という気質に日本人の多数がたどり着く日は、まだ先のように感じます。しかし、高い目標に少しでも手が届くよう、福井モデルの事例などを通じて全国に展開することが本研究の進化、飛躍と考えています。

コロナ感染拡大の最中ですが、皆様くれぐれもお元気でご活躍頂きますよう、そして8月(予定)の発刊の際には、ご購読・ご活用頂ければ幸いです。