ジェロントロジーに係る体系的研究

ジェロントロジー宣言

弊所会長寺島実郎の新著『ジェロントロジー宣言―「知の再武装」で100歳人生を生き抜く』が本年8月、NHK出版より刊行されました。寺島は本書を出版した意図を次のように述べています。

日本においては、80歳以上人口が1,100万人を超えました。異次元ともいうべき高齢化社会の到来を、これまでの政策科学・社会科学は予見していたものの、その意味を理解し、高齢者の参画を図る社会システム・制度の再設計には活かせていません。現代に生きる一人にとって、「知の再武装」が必要とされる時代に突入し、100歳人生をどう生きるのかが問われています。激しい時代に向けて、より広い世界認識、時代認識が必要になり、そのために不断の「知の再武装」が欠かせません。そして、100歳人生に耐える布石を打つための道標としたいのが「ジェロントロジー」です。

日本が目指す社会のあり方や、人間の生き方を再構築するために不可欠なアプローチとして、「ジェロントロジー」を「高齢化社会工学」と捉えるべきと考えます。特に都市郊外型の高齢者を、社会システムの中にもう一度位置づけ直し、社会に参画し貢献する主体として高齢者が活躍できるプラットフォームづくりを考える議論が必要です。

今回の新著を通じて、異次元の高齢化社会を体系的に捉え、新たな社会システムの再設計に挑戦する端緒とし、将来の日本を広く深く構想する参考として多くの読者にご一読頂くとともに、後進の人たち(特に若・中年層)に関心を深める動機となることへの期待を表明しています。

そして、「あとがき」では、新著で展開した問題意識に基づいて、本格的かつ体系的なジェロントロジー研究を進めるために「ジェロントロジー研究協議会」を立ち上げ、様々な分野の専門知を体系化し、高齢化社会における「参画のプラットフォーム」を創造する試みに挑戦してみたい。このため、弊所を研究協議会の事務局として、著者自身が協議会の研究主査となって活動を取りまとめることにしたい、と述べています。

研究プロジェクトのスタート

弊所では、この新著のあとがきを踏まえ、今月から2年間の基幹研究プロジェクトと位置づけ、多摩大学をはじめ関係各位の協力も得ながら特定の組織・業界に偏らずオールジャパンの体制で、「ジェロントロジーに係る体系的研究」をスタートすることとしました。

本研究の大きな眼目は、高齢化社会の問題を「社会的コスト負担の増大」の議論から捉えるのではなく、「多様なプラットフォームを通じて高齢者が社会を支える側に参画する主体(貴重な人的資源)となって、健康で活躍できる社会の構築」に向けたパラダイム転換が必要との問題意識に立っています。このため、これまで「老人学・老年学」と訳されてきたジェロントロジーを、高齢者が積極的に社会参画して貢献する主体となり、活躍できる社会システムの再設計・構築を目指す「高齢化社会工学」、所謂ソーシャル・エンジニアリングと捉え直し、体系的な観点から社会総体のあり方、人間の生き方を探り、新たな社会構想を提起・推進する方針です。

そのためにも、高齢者の強みに注目し、高齢者ゆえ活躍できるプラットフォームとして「新たな社会的事業」をジェロントロジーの視点から、6~10分野程度(医療、美容、観光、農業、金融、宗教など)を起案する予定です。研究では、主に若い世代の専門家を中心に、起案した各事業について、文化的・ビジネス的・法的・学術的検証を行い、必要に応じてモデル事業等を経て、ジェロントロジー推進基金を通じ創業支援に結び付ける考えです。

以上を通じ、日本の再構築を主題とする新しいジェロントロジー、すなわち「高齢化社会工学」を構築し、国内外に広く展開する目論見です。今般(10月24日)、研究協議会の下に設置された「ジェロントロジーに係る体系的研究会」(座長:寺島実郎)の第1回会合がスタートしましたので、以下にその要点を紹介します。

第1回研究会での主要アジェンダ

研究会は、寺島座長の他、座長代理(2名)、メンバー(10名)による全13名で現状スタートし、メンバーの多くは若い世代で、パラダイム転換に資する研究を進化させる上で、十分な異色人材(専門家)にご参画頂いたと考えています。

第1回研究会の主要アジェンダは以下のとおりです。

●寺島座長からのプレゼンテ―ション

著者から、新著で展開した問題意識をはじめ、本研究会、研究協議会の位置づけ、特に留意しておくべき思想体系、課題解決型の社会的事業としてより実効性の高い起業、さらに人材育成の重要性などが強調されました。

●本研究の趣旨説明

事務局から、本研究の基本的考え方・目指す成果、研究対象フィールド、参画のプラットフォームづくりの視点、今後のスケジュール予定について説明が行われました。このうち、参画のプラットフォームづくりの視点で使用したスライドの一部を以下に紹介します。

高齢者の参画プラットフォームは、高齢者が知の再武装として活躍できる「場」をつくるという考え方であり、ジェロントロジー宣言で紹介されている6分野(宗教、医療、美容、金融、農業、観光)が相互に影響しあう構造をイメージしています。そのためには、「こころ」、「からだ」、「おかね」の面で心配事を軽減し、心身ともに健全な高齢者として「ツトメ」(社会参画・貢献)を果たす役割を担うことが、100歳人生における備え(知の再武装)として望ましいとの発想です。そうした高齢者に対するインセンティブも必要であり、資格認定制度をはじめとする制度設計を検討・提示する予定です。

●多摩地域調査に関する骨子の提示

事務局を構成する多摩大学の教員から、「高齢者の社会参画プラットフォームづくりに向けて ― ソーシャルキャピタル論をベースに」と題して、今後予定する多摩地域におけるフィールド調査(意識調査)の考え方、調査票の設計(骨子)案などが紹介され、メンバーから多くの意見が出されました。

●参画のプラットフォーム「新たな社会的事業」構想の提示

事務局から、上述した6分野について現段階での企画書(案)の要点が説明され、これについても多くの指摘が表明されました。今後、それぞれの分野における企画書(案)をブラッシュアップし、次回以降の研究会では、参画企業や自治体との連携状況を含め、より熟度の高い事業計画(案)として提示・検討することが確認されました。

結び

本研究会には、今後参画が予定・検討される企業、自治体など多数の関係者にもオブザーバーとして傍聴頂いたところです。次回以降、オブザーバーの皆様にも具体的な連携に向けて協力頂くとともに、新たに参画される関係者への広報・働きかけを行うことも必要と認識しています。

また、研究会メンバーから、研究分野が多岐に渡るため、一定のタイミングで、分科会などを設置し、より踏み込んだ研究・議論が行える体制づくりへの提案も頂いたところです。さらに、親組織である「ジェロントロジー研究協議会」の具体的な活動に向けた諸準備を速やかに行うことも必要と考えています。

弊所会長の寺島が主導する本研究には、やがて中央官庁関係者にもサポート頂くことが必要であり、この面での準備も進める予定です。

本コーナーでは、弊所の基幹研究プロジェクトである「ジェロントロジーに係る体系的研究」について、公開ができる限り、多くの皆様に研究状況等を積極的に共有していきたいと考えています。どうぞご関心をお持ち頂ければ幸いです。