輸出とインバウンドの好循環が起こる―にし阿波再訪

にし阿波地域での取材

本連載の2017年4月号「桃源郷を訪ねて―田舎の幸福が変わる」では、農林水産省が平成28年度に創設した「食と農の景勝地」について、全国で徳島県「にし阿波地域」(美馬市、三好市、つるぎ町、東みよし町の4市町で構成)を含む5箇所が第1弾として認定され、同地域で開催されたネットワーキング全国大会における視察及びシンポジウムの様子等を紹介しています。(現在「食と農の景勝地」は、「SAVOR JAPAN(農泊 食文化海外発信地域)」のブランド名のもと、主に海外向けに地域資源等を活用したインバウンド(外国人来訪者)や輸出等の促進に資する取組を展開中です。)

先般(12月15日)、「SAVOR JAPAN」推進協議会(詳細は https://savorjp.com/参照)では、認定後2年目における認定地域の状況を定点調査するため、にし阿波地域を訪問し、本制度が重視する「輸出」事例の実情について取材をしました。

県の輸出促進サポート

徳島県は、平成25年1月に重点品目、重点国・地域等を定めた「とくしま農林水産物等海外輸出戦略」を策定(平成28年2月改定)し、同3月には、戦略の推進母体として、県、農林水産団体、経済団体等で構成する「とくしま農林水産物等輸出促進ネットワーク」を設立しました。さらに、具体的な輸出促進を支援するため、「輸出サポートセンター」や「徳島農林水産物等輸出ナビ」を開設し、生産者・事業者の行うマーケティング活動等をサポートしています。また、相手国からの輸出条件である園地の登録支援とともに、「とくしま特選ブランド」の認定による付加価値の高い商品づくりにも積極的に取組んでいます。加えて、県内を訪れる「外国人観光客」に対する県産農林水産物のプロモーションの強化やイスラム圏で求められる「食品ハラル」に対する取組も推進しており、こうした県の輸出促進に資する基盤づくりが功を奏し、「にし阿波地域」でも新たな農産物(商品)が輸出されるようになっています。

今回の事例調査は、主に「八朔(EU輸出)」と「にし阿波ビーフ(ハラル対応・マレーシア輸出)」についての取材がポイントですが、調査結果を先取りし要約すると、県のサポートによる新たな輸出促進策がこの地域のインバウンドの増加にも繋がっているとも考えられ、輸出とインバウンドの「好循環現象」が起こりつつあると感じています。このことは、農林水産省が創設した本制度の趣旨である一次産業と観光産業の成長産業化を通じて農山漁村の生産者や事業者の所得を向上させ、担い手と雇用を確保することで地方創生を実現するという、1つの持続的な有用モデル地域に変貌しつつあると捉えることができます。以下に、調査結果のポイントを紹介します。

にし阿波から新たな輸出が始まる

●独特の香りと爽やかな酸味の「八朔」をEU(フランス)へ

(経緯)

美馬市の特産品である「八朔」は、近年販売価格の低迷が続いている状況です。こうした中、同市穴吹町「仕出原(しではら)八朔生産組合」では、多くの八朔栽培農家との競争を勝ち抜くため、他とは違う八朔づくりを模索していました。このタイミングに県から土づくりをはじめ化学肥料や農薬使用を極力抑えた農業生産方式である「エコファーマー栽培」導入の話が持ち込まれ、15軒の地区農家がこの栽培方式に挑戦することになりました。そして、この新たな挑戦が実り、同地区ではこれまで以上に美味い八朔の生産が可能になり、2014(平成26)年の「とくしま特選ブランド」に認定されたことから、県内外に「仕出原八朔」の知名度が拡がったとのことです。

知名度がアップした同地区の八朔が検疫条件の厳しいEU市場に輸出されるきっかけは主に次のような経緯です。

  • 平成26年度、徳島産「ゆず」(300㎏)がフランス市場に輸出
  • フランス人青果バイヤーを県庁へ招聘。その際に八朔を試食し、高い評価を得た
  • 平成27年度、輸出を決定。産地と県が一体となったサポート体制構築。検疫のクリアの他、 EU輸出に必要な情報収集・栽培管理・販路開拓等を推進。平成28年度よりEU 市場(主にフランス)に輸出(550㎏)が始まる。EUの検疫条件にあう農家のうち、登録したのは3名

EU向けはっさく生産園地標札

(今後の販路拡大)

平成28年度に輸出が始まったことを踏まえ、今後の販路拡大に向けて産地と県では主に次のような取組を推進しています。

  • 平成29年1月末、フランスのリヨンで「シラ国際外食産業見本市」が開催。徳島県がブース設置、JA等が出展し、「八朔」も展示、プロモーション活動を行う
  • 見本市後、パリにて、県及び「とくしま農林水産物等輸出促進ネットワーク」の共催で「意見交換・試食会」開催。ミシュラン一つ星から三つ星レストランシェフ(主にフランス料理・10名余、フランス人仲卸含む)が参加。各シェフから、八朔の持つ独特の香りと爽やかな酸味について評価、現地では、スープやデザート系スイーツとして利用できるとの意見
  • 青果バイヤーから、販路拡大のために、平成29年度以降輸入量を増やしたいとの提案

こうした一連のプロモーション活動の結果、平成29年度は12月に1,200㎏(初回分)が、さらに追加で300㎏がフランス市場向けに出荷される見込みであり、前年比で約3倍増の輸出となっています。また、果汁2トンの引きあいも来ていますが、現状の生産規模は2トンまでであり、今後生産体制の拡大が課題となっています。

平成29年度の輸出金額は数十万円規模ですが、にし阿波地域の他地区での栽培農家の育成も検討されており、生産規模が確保できれば、現状で日本からEU市場への「八朔」輸出は「にし阿波産」が唯一であり、EUのバイヤーからの引きあいも強く販路拡大に向けてプロモーションが有望な商品といえます。

最後に、面談しました組合長の前田進一さん(66歳)は、「地域を守るためには新しいことへの挑戦が大事だと思った。まさか仕出原産の八朔がフランスで売られるとは思わなかった。需要が高まれば作りがいもあり、目標がもてることは楽しい。海外で売れるようになれば、生産に興味を持つ若者が増えるのではないかと期待している」とのご意見を頂きました。

はっさく園地の前田さん

●高品質な「にし阿波ビーフ」をイスラム圏(マレーシア)へ

(経緯)

2009(平成21)年当時、大阪でハラル対応の屠畜場が初めて完成し、主にUAEへの輸出が行われるようになり、にし阿波ビーフも当該事業に参加していました。UAEでは、主にロースしか売れないことや人口規模(900万人強)等を考え、人口も多く今後も経済成長が見込まれるインドネシア(2.5億人強、世界第4位)市場への輸出を検討することになったようです。また、にし阿波ビーフの主要出資者である谷藤ファームでは、牧場から、屠畜場、肉の販売まで全てを行っていましたが、屠畜場の老朽化もあり、ハラル対応の施設への改築を計画し、インドネシアに先行して、平成29年よりマレーシア向けの「にし阿波産ビーフ」が輸出されることになりました。その経緯の概要は次のとおりです。

  • 平成27年度、農林水産省「強い農業づくり交付金」を活用、ハラル認証取得に適応する「牛専用食肉センター」を整備(平成28年3月完成)
  • 平成28年4月、食肉センターが落成。12月、MPJA(ムスリム・プロフェッショナル・ジャパン協会)から「ハラル認定」を取得
  • 平成29年3月、徳島県版HACCP(ハサップ)認定取得。9月、マレーシア政府及びJAKIM(イスラム開発局)の査察官が食肉センターを査察。10月27日、マレーシア政府から「マレーシアのハラル方式を取り入れた牛肉輸出施設」として認定(最初に認定を受けた全国2施設のうちの1施設)。11月、厚生労働省が「対マレーシア牛肉輸出取扱要綱」を作成。マレーシアへの日本産牛肉の輸出が解禁
  • 平成29年11月23日、マレーシア向け牛肉輸出解禁を受け出発式を開催(飯泉知事他出席、26日から輸出を開始)。12月7日、在マレーシア日本大使館「天皇誕生日レセプション」において、「にし阿波ビーフ」を提供(プロモーション活動)

平成29年11月23日、マレーシア向け牛肉輸出解禁出発式

在マレーシア日本大使館「天皇誕生日レセプション」会場

(今後の販路拡大)

にし阿波ビーフの輸出では、県から食肉センターの整備、ハラル認定や徳島県版HACCP認定の取得、マレーシア現地商社とのマッチング等で支援を受けており、県の平成29年度「にし阿波地域」における輸出目標(1億円)を実現する上で、牛肉の貢献が大きく期待されています。

今後の販路拡大については、12月5、6日にインドネシア政府による査察(現地審査)が実施されており、認定されればマレーシアに加え、今春以降インドネシアにも輸出が始まる見込みです。なお、1年以内にマレーシア向けに月5トン(15~20頭)、インドネシアを含めると、合計で月10トンの輸出目標(約4,000万円、年5億円相当)を立てています。輸送については、チルドの航空便が主ですが、輸出量が増えれば冷凍の船便も検討するようです。現状では、競争相手が少ないため海外の方が売りやすく、値段も出荷価格(1頭フルセット・約300㎏相当)で国内より1~2割程度高く設定しているとのことです。

「にし阿波ビーフ食肉センター」の屠畜・食肉処理施設は、鉄骨平屋約2,100㎡で屠畜室、保冷庫、梱包室などを備え、1日当たり27頭の処理能力を有しています。今後は、大手との競争も課題になる想定ですが、目覚ましい発展を続けるイスラム圏への輸出と増え続けるインバウンド(訪日ムスリム旅行者)向けに、安全・安心・高品質の「にし阿波ビーフ」を提供し、この地域の畜産業振興に貢献したいと意欲的です。

ハラル認証では、施設とともに人材の仕様基準があり、特に屠畜人にはムスリムの採用が条件とされています。現在食肉センターでは3名のインドネシア人が屠畜人として働いていますが、来日ビザの取得面では、屠畜人の職業分類が不詳等から相当な手間がかかることが先々懸念材料のようです。

数字から見えるインバウンドの急増

「八朔」と「にし阿波ビーフ」の取材後、県民局三好庁舎で県及びにし阿波地域の実行組織関係者と、私が用意したインバウンド関連資料を参照しつつ、インバウンドの実情及び輸出事例との関係性を中心に総括的な意見交換が行われました。まず、私が用意した資料(スライド3枚)を以下に紹介します。

(徳島県のインバウンドの状況)

日本政府は、高いインバウンド需要を背景に、2020年に4,000万人、2030年に6,000万人の訪日外国人等の具体的な目標を掲げ、「観光立国」に向けて官民を挙げて諸施策を展開しています。2013(H25)年、1,000万人を超えてから順調に伸長し、2016(H28)年には2,400万人に達し、2017(H29)年は2,800万人を超える見通しです。このように全国のインバウンドの伸びも顕著ですが、徳島県内のインバウンド(外国人延べ宿泊者数)は、18,710人(H25年)から57,650人(H28年)へ、3年間で3.1倍の高い伸びとなっています。H28では、上位は香港、中国、台湾からの順です。事例調査の輸出先であるフランスとマレーシアからは、それぞれ1,530人(3%)、290人(0.5%)です(スライド参照)。

(にし阿波地域のインバウンドの状況)

にし阿波地域(美馬市・三好市・つるぎ町・東みよし町)4市町の総人口は、約77,800人(2017/10統計)で、徳島県の総人口約743,000人(同統計)の約10.5%を占めています。同地域内のインバウンド(外国人延べ宿泊者数)は、7,611人(H26)から23,681人(H28)へ、2年間で3.1倍の高い伸びであり、徳島県内の伸びを上回っています。また、県内のインバウンド比率でも、28.3%(H26)、35.5%(H27)、41.1%(H28)と、人口が約1割にもかかわらず、県全体に占めるにし阿波地域の割合が年々高くなっており、この地域のインバウンド対応が功を奏していることが分かります。

国別では、H28の宿泊者総数の上位は香港、台湾、中国の順ですが、県内に占める割合では、イギリス(679人・82%)、フランス(1,139人・74%)、ドイツ(596人・67%)と、欧州主要国からの来訪者が上位を占めており、特に三好市に集中していることが特徴です(スライド参照)。

(茅葺古民家ステイ利用実績)

三好市の東祖谷山村落合集落は、平家の伝説の里としても知られ、国の重要伝統的建造物群保存地区です。江戸中期から末期に建てられた主屋等を多く残し、古民家や傾斜畑が一体となった景観は唯一無二の様相を見せています。古民家の再生に多くの実績を持つアレックス・カー氏(東洋文化研究者)のプロデュースによる築300年を越える茅葺古民家の改修・宿泊施設への再生プロジェクトが平成23年度から開始され、現在合計で8棟の運営が地元住民の協力も得て行われています。

直近4年間の茅葺民家ステイ利用実績は、1,086人(H25)、1,454人(H26)、2,351人(H27)、2,790人(H28)と年々増加し、海外からの利用者数も全体の12.4%(H27)、20.4%(H28)と割合が伸びています。香港からが多く(40%)、次いで欧州(32%)、その他アジアの順ですが、ヒアリングによると欧州ではフランスからの利用者数が大きく増えているとのことです(スライド参照)。

(総括・意見交換)

県及びにし阿波地域の実行組織関係者から、多くの意見等が出されましたが、その概要は次のとおりです。

  • 平成28年度に香港からのインバウンドが急増している要因は、平成28年9月から高松と香港がデイリーで飛ぶようになったことが大きい。地域内(観光地・施設、駅前商店、コンビニ、宿泊施設等)のあちこちで外国人を見ることが多く、平成29年のインバウンド数はさらに大きく伸びると予想している。
  • 3年前と比較し、団体よりも個人旅行客が格段に増加している。香港やフランスからの来訪者は、食や景観だけでなく、地域住民(高齢者・子どもなど)との交流や体験プログラム(ルーラルツーリズム)への関心など、付加価値の高い商品へのニーズが強くなっている。
  • 交流プログラム等の副次的効果として、地域の高齢者には楽しみ・生きがいが生まれ、子どもたちには外国人と触れ合うことで、田舎でのグローバル体験の良い機会になっている。
  • 農林水産省「食と農の景勝地(SAVOR JAPAN)」、「日本農業遺産」の各認定、総務省「サテライトオフィス(モデル地区)」認定など、国の各種認定をきっかけに田舎の価値に光が当たり始め、地域住民も認定を通じより手応えを感じており、これまでの点から面的展開に発展させて行きたい。推進協議会のサポート(VJTM商談会等)を含め、認定は期待以上の効果に繋がっている。
  • 農産物を売ることに加え、地域固有の体験(サービス)を売るという、産業構造の転換が始まりつつあると受け止めており、平成28年度「食と農の景勝地」第1回認定式で記念講演者が話していたことが、やっと腑に落ちつつある。

好循環のより発展に向けて(事例調査で感じたこと)

今回の取材では、認定地域「にし阿波」は、「インバウンドがきっかけで新たな輸出が始まった」ものとの仮説(ストーリー)をたてて臨むことにしました。調査結果は、仮設どおりではないものの、大よそのストーリーは成立しているように感じています。それは、インバウンドと輸出の順序ではなく、数字から見えるこの地域のインバウンド全体の急増からも両者は相関的と考えられ、今後インバウンドの増加に伴って、さらに輸出が伸びる(又、その逆の現象も起こる)という相乗効果が高まるものと想定されます。そして、より重要なことは両者を梃に、地域資源を活用して付加価値の高い新たな産業創造に向け、地域住民(生産者・事業者等)がどのように主体的に関わり、田舎(地域)をどのように自立・発展できるか、が帰結(ゴール)と考えています。輸出及びインバウンド促進のいずれにおいても、基盤づくりからマーケティング・マッチングなど、県の多面的なサポートが、この地域で実を生みつつあることを改めて理解する取材となりました。

にし阿波地域において、輸出(一次産業)とインバウンドが梃となり、その好循環の基に産業活性化、担い手(人材創出)・ブランド力向上という、持続的な有用モデル(好事例)に発展することを、今後も定点調査を重ねながらフォローアップしていきたいと考えています。

最後に、先月平成29年度「SAVOR JAPAN(農泊 食文化海外発信地域)」として、全国で10箇所が新たに認定されました。本制度による認定は全15地域になり、今後相互に競争・連携・ネットワーク化が図られることで、全国を点から面に拡げる仕組みとしてより機能することが重要と認識しています。