書評:「財政緊縮主義」が間違いかつ有害であることを示す、日本の政策パラダイム転換のための必読書! L・ランダル・レイ『MMT 現代貨幣理論入門』

本書は、MMT(Modern Monetary Theory:現代貨幣理論)と呼ばれる経済理論を体系的に説明する教科書の翻訳版です。MMTはアメリカの最年少民主党議員のアレクサンドリア・オカシオコルテス氏が支持を表明したり、欧州中央銀行のドラギ総裁が「新たなアイディアとして検討すべき」と言及するなどして世界的に話題となっており、著者のL・ランダル・レイ氏はMMTを提唱する研究者として知られています。

本書は、政府が政府支出を行ったり、中央銀行が貨幣を創造する際のプロセス(実態)を丁寧に記述することを通じて、これまでの経済学の教科書とは異なる知見を提供してくれます。

【本書で示される主要な知見】

本書で示される知見は、政策提言も含めて多岐に渡りますが、その主要なものは、経済の「実態」を説明する部分の、以下の3つに集約されるかと思います。

  • 知見1)政府の債務(現金通貨、準備預金、国債)は民間等の非   政府部門の金融資産となる。
  • 知見2)日本のように自らの通貨(円)を発行できる国は、国債がデフォルト(債務不履行)となることはあり得ず、財政赤字や国債残高の大きさを気にするのは無意味である。
  • 知見3)政府は、税収などの財源がなくても政府支出を行うことができる。

知見1)は統計上の恒等式なので、MMTの考え方を持ち出すまでもなく、必ずこの関係を満たします。知見2)は、国債残高の増大を懸念している財政当局である財務省さえも、日本では国債がデフォルトすることはあり得ない、と明言していることです(それなのに、なぜ国債残高を懸念する必要があるのかが不思議です・・・)。よって、ここまでは、それほど目新しい知見ではありません。

一方、MMTによって浮き彫りにされた経済の実態が知見3)です。実際の政府支出を行う際のプロセスを敷衍することで、民間の貯蓄を税金という形で徴収してからそれを財源とするのではなく、「貨幣の創造」によって政府支出を行っていることが示されます。なお、貨幣は政府の債務に該当するので、知見1)の関係より、政府支出を行うと民間の貯蓄はむしろ増えることも分かります。すなわち、「政府支出を行うには税金を取られるので民間の貯蓄は減る」という、これまで常識だと思われてきたことが実は実態とは違う、ということが示されたのです。

知見3)はあまり知られていなかった事実であり、これを明らかにしたことがMMTの大きな貢献であると言えるかと思います。なお、政府支出を行う際のプロセスの説明はややテクニカルであり、本書の特に第3章「国内の貨幣制度」を読んでもらいたいですが、関西学院大学の朴勝俊教授による解説(「MMTとは何か-L. Randall WrayのModern Money Theoryの要点」)でその概要を分かりやすく整理されています。

【MMTに基づいた日本の経済政策の評価】

前項で示したMMTの知見1)~3)に基づいて、日本の経済政策、具体的には2019年10月の消費税率8%から10%への引き上げについて評価してみます。消費税率を上げる目的は、高齢化社会が進展するに従って増加していく社会保障費や、「将来世代の負担」とされている国債の償還に充当するため、と言われています。

まず、「消費税収を社会保障費に充てる」という、政府支出の前にまずは財源の確保が必要という考え方は、知見3)から正しくないことが言えます。必要ならば政府は貨幣を創造し、増税なしで社会保障費等を支出することができます。

また、知見2)から国債のデフォルトの心配はないのですが、それを償還して国債残高、すなわち政府の債務を減らすということは、知見1)より、民間の資産を減らすことを意味します。これにより、償還前と比べて民間が使える貨幣が減るので、民間はこれまでよりも貧困化する、ということが言えます。

つまり、MMTの観点から見ると、増税や国債償還、さらには毎年の財政収支を黒字化するという財政健全化目標などの「財政緊縮主義」的政策は、全く必要なかったり、民間を貧しくする政策、ということになります。しかし現在の日本では、このような「財政緊縮主義」が様々な政策を決める上での当然の前提のようになっています。本書では、「財政緊縮主義」的政策が無意味で、国民の生活を苦しめることになるかが、説得的に説明されています。

評者(青木)自身、本書を読む前から、現在の日本においては、必要な政府支出(災害からの復興費、インフラ整備・維持管理費、科学技術・教育投資、低所得者層への給付など)を積極的に行うべき、そのための財源としては、景気を後退させる消費増税等の増税は必要なく、国債で調達すればいいのではないか、と考えていました(同様の主張をする経済学者は、日本では少数派です)。このような主張に対しては、「国債を増発すると国債残高が膨れ上がり、財政の持続可能性が維持できるのか?」などの批判があります。しかし本書は、国債の大きさは心配する必要がないこと、そもそも政府支出を行うために必ずしも国債の増発を行わなくてもよいことを示しています。これより、政府支出を積極的に行って民間の金融資産を増やす「反財政緊縮主義」的政策を、より正当化することができるものと考えます。

MMTによる知見が広く浸透すれば、「財政緊縮主義」的政策は国民を貧しくするものであることが明らかになり、必要な政府支出を増税なしで行ったり、政府の負債である貨幣や国債を発行することで民間に資産を提供する「反財政緊縮主義」を渇望する機運が高まることが期待されます。MMTを契機としたこのような「政策パラダイムの転換」が、消費増税によって先行きが暗いと思われている国民の生活を、豊かなものにしていくための第一歩だと考えます。そのために、本書を多くの人に読んでもらえればと思います。